GRAVITATION 香月奈湖 様 |
広い家に響き渡る、最近流行の若手お笑いコンビの声。 「わははははっ、バカじゃねーの」 そして、それにと同じく響き渡る、笑い声。 天気の良い土曜の昼間だというのに、さっきまで飲んでいたコーヒーのマグカップと煙草と灰皿を目の前に、啓介はテレビを見ていた。 相変わらずこの家の住人は多忙らしく、両親は昨日から病院に泊まり込んでいる。 ヒマなのはオレくらいだな、と、啓介はリビングの天井を見上げた。 こんな日に啓介が家にこもっている原因は、見上げた天井の上にいる人物おかげだった。 不意にそれを思い出して、さっきまでバカ笑いしていた気分も一瞬でかき消えた。 「・・・ちぇっ」 来週半ばに提出のレポートに手こずっているとかで、兄であり啓介の恋人でもある涼介は、2日ほど部屋にこもりきっている。 走りに行くのだって、一寸買い物に行くのだって、一緒に食事をするのだってなんだっていい。 たまには、自分も構って貰いたい。 そんな気持ちが、啓介を家へと縛り付けているのだ。 もう一度天井を見上げて、啓介が煙草を銜える。 火を付けようと、ライターに伸ばした手を、少し体温の低い手が留めた。 ぐるり、と勢いを付けてその手の主へと首を向る。 「やめておけ。オレは肺ガンで死ぬ気はねぇぞ」 「・・・足音しなかったぞ」 コーヒーを注いだマグカップをテーブルの上に置いた涼介が、ソファに座る啓介の横へと沈み込んだ。 眉間にしわを寄せて煙草を銜えたまま、啓介は器用にしゃべる。 片手は重ねたまま、もう片方の手で、涼介が啓介が銜えたままの煙草を取り去った。 「テレビの音が大きすぎるんだ。上まで聞こえてたぜ?」 リモコンでテレビの音量を下げると、重ねられていた手のひらが去っていく。 少しだけ寂しくて、啓介は口をとがらせた。 「オレが肺ガンになるのわかるけど、何でアニキもなんだよ」 「煙草の煙も有毒なんだよ。ずっと喫煙者の横にいれば、それだけ肺ガンになる危険性も高くなる」 「それは・・・っ!」 疲れたような様子など見せずに講釈をたれる兄に、反論してしまう。 兄がいなければ、時間を潰す道具さえ見つけられない。 喋る相手も、この家の中では誰もいない。 かといって、兄が家にいるのをわかっていて外出してしまう気にもなれない。 そのせいか、煙草は良い時間つぶしの道具だ。 確かに、目の前の灰皿には吸い殻が1ケース分以上は入っているだろうか。 身体に良くないことはわかっているが、煙草を手放せないのは自分を放っておく忙しい恋人のせいだ。 啓介はそう結論づける。 それを全部吐き出してしまおうかと思ったけれど、それは二十歳を超えた男としてどうだろう、と1秒ほど悩んだ後、開けた口を噤んで、テーブルの上に置きっぱなしだった涼介のマグカップを引ったくってコーヒーをごくごくと飲み込む。 少し冷めていたせいで、一気に半分は飲んでしまった。 マグカップをテーブルに置くと、涼介は手元にあった新聞を広げて、笑って残りを飲み始めた。 二人とも、何も喋らない。 啓介に至っては、視線を合わせたくない、というように音の小さくなったテレビをにらみつけている。 時折、紙面をめくる音。 此処にいるってことは、アニキ、レポート終わったんかな? ちらり、と横目で涼介を見遣る。 何度見ても、綺麗だ。 この秀麗な兄が自分のものだと思うと、少しだけ優越感が湧く。 癖のない髪、白い肌。 甘いテノール。 綺麗で、長い指。 同じ両親の遺伝子を貰っていて、どうして此処まで違うのだろう。 けれど、違うからこそ惹かれたのだ。 自分と同じような人間だったら、普通の兄弟としても仲良くはならなかっただろう。 「啓介」 その声に弾かれるように、視線をテレビへと向ける。 ばさり、と新聞を畳む音。 「・・・啓介」 耳元で囁かれた甘い声に、身体が大げさなほど跳ねる。 「・・・んだよっ」 飛び跳ねるようにソファの隅へと待避した啓介に、涼介の笑みが深まる。 意識しないように、というのがバレバレになるほど集中して涼介を見ていたこと、わからないはずがない。 「オレに、見惚れてたのか?」 「なっ!!」 目尻を下げて笑う涼介は、あんまり他人には見せたくない。 せっかくの男前が、台無しだ。 「んなわけねーだろっ!!」 啓介は叫ぶと、ぷい、と横を向く。 ギシ、とソファが軋んで、涼介の気配がすぐ隣に来た。 それに内心どきどきしながら、素知らぬ表情を懸命に作っている。 その様がおかしくて、涼介は口元だけで笑んだ。 「そうなのか?残念だ」 言葉とは違う、自信満々の声音。 一寸だけ悔しい。 背けた顔を向けて、抗議の言葉を紡ごうとした唇。 「んっ・・・!」 瞬間、顎を捕まれて触れるだけのキス。 笑う涼介が、音を立てて頬に口づける。 「ったく・・・」 赤くなった顔で、啓介がキスされた頬に手を当てる。 今ので、怒ろうとしたタイミングを外してしまった。 それが全て涼介の手だとは、啓介は気づいていないようだ。 「怒った顔も可愛かったんでな。キスしたくなった」 「うっ・・・」 表情を変えずに言い切る涼介に、啓介の顔は茹で蛸状態だ。 くすくすと笑いながら、セットされていない啓介の髪を梳く涼介の手。 こんな風にされてしまえば、怒るのもなんだか面倒くさくなってくる。 髪を滑る涼介の手を捕まえて、啓介は上目遣いで優しく笑う兄を見上げた。 「アニキ、レポートは?」 「終わったぜ?」 「じゃあさ、昼飯食いにいこ。もちろん、アニキの奢り」 オレのこと放っておいた罰だ、と、啓介が笑う。 それにつられて、涼介も笑った。 「わかった。その前に・・・・・」 体重をかけて触れるだけのキス。 そして、深くを探られるキス。 「アニキっ?!」 離された唇で、乱れてしまった呼吸の間に問いかける。 悔しいくらい、鮮やかな笑顔。 「・・・お前との時間取るために、2日間部屋でパソコンの画面見続けてたんだぜ?少し、黙ってろ」 やんわりと抱きしめられて、顔中にキスの雨。 何があっても、最終的には此処に戻ってしまう。 引き寄せられているかのように、此処から逃げ出すことも出来ないのだ。 二人の間にあるもの。 それはきっと、恋の引力。 |
時々、無性に痛い話も読みたくなります。どっぷりつかるほどのシリアスも好きです。でも、涼×啓の基本は「アマ甘の目じり下がっちゃうようないちゃつきもの」と信じている私にとって、あまりにも直球ストレートでツボヒットしました。 一緒にいるのが幸せな兄弟と同じくらい、私も幸せです。 かつきさん、いつもお世話になりっぱなしな上、素敵なお話ありがとうございました(*^^*) by葉月 今回もとっても素敵なお話ありがとうございますヽ(*^^*)ノいつも頂きっぱなしでホントにすみません。ラブラブの甘甘で、読んでいてとても幸せになってしまいましたvすさんだ心が潤います〜vvさすがかつきさんデスvどうもありがとうございましたn(_ _)n byみこと |