Sleeping Beauty
香月奈湖  様



  


「あ・・・ふ」

頬杖をついて、啓介は大きく欠伸をした。
開いている手で、コーヒーの入った紙コップを弄ぶ。
日付を超えても、ここは人が途絶えることがない。

「・・・おっせーなぁ」

ここにたどり着いて、すでに15分が経過しようとしている。
場所、間違えてないよな?と、自分の記憶をたぐり寄せようとしたところで、聞きなれた声が耳に飛び込んできた。

「啓介さん」

焦ることもなく、のんびりと歩いてくる藤原拓海の姿に、微かな笑みが漏れた。

「おせーよ。後の奴らは?」

「まだみたいです」

「・・・何やってんだよー。先帰るぞ」

飲み込んだコーヒーは、かなり温度を下げてしまっている。
眠気覚ましのはずなのに、このままここにいたら余計に眠くなってしまう。

(しかも、来たのが藤原じゃなー。どーもコイツ相手に話してると、喧嘩腰になるんだよなー)

もう一口冷めたコーヒーを口に含むと、大人と子供の狭間にいるような、ほややん、とした雰囲気を持つヤツを視界に入れる。
拓海も紙コップのコーヒーを買って、啓介の向かいの椅子に座った。

「藤原ー、ケータイ持ってねぇ?」

「ハチロクの中、おいてきました」

「お前もかよ」

バトルも終わり、家路へと向かう高速のサービスエリア。
涼介やスタッフを乗せたワンボックスはまだ到着しないようだ。
高速で、FDに勝とうというのが大きな間違いではあるのだけれど。

「みんな、おせーよ」

「啓介さんがとばしすぎなんじゃないですか?」

バトルを勝利で終えた、高揚した気分で、深夜の高速を法廷速度を護って走るなんて、啓介に出来るわけない。
拓海を睨みながら大きく伸びをすると、啓介は居眠り運転なんて洒落になんねーからな、と呟いて、机に頭を置いて瞳を閉じる。

「藤原、オレちょっと寝る。みんな来たら起こして」

「はあ・・・」

(・・・ホント、ネコみてーな人・・・)

拓海はそれを眺めながら、そんなことを思う。
思うが、言わない。
こんな事で体力を使いたくはない。

のんびりした雰囲気をよそに、二人の周りに人が途絶えることは無かった。






「啓介は?」

拓海は背中越しに声の主であり、このプロジェクトのリーダーの顔を見上げた。
どうやらワンボックスに分乗していたスタッフたちが到着したようだった。
紙コップに入ったコーヒーをそれぞれ持っている史浩と涼介に、拓海は無言で自分の目の前を指さす。
二人が覗き込むと、机に突っ伏して眠っている啓介の姿があった。

「・・・啓介さん、寝るって言ってたんですけど・・・ホントに寝ると思わなかった。こんな騒がしいところでよく寝れますね」

「・・・仕様がないヤツだな」

啓介の横へ腰を落ち着けた涼介が、耳元で囁くように名前を呼ぶ。

「啓介」

湿気で下をむきかけている髪を、涼介の白くて長い指が梳いていく。

「・・・ん・・・」

ゆっくりと啓介の瞳が開き、身体を起こして辺りをうかがう。
そして、横の気配に気づくいてへへっ、と笑うと、涼介の肩へこてん、と頭を預けた。
その一角だけ空気の色がなにやらピンク色をしている。
目の前でそれを見せつけられた拓海は、平然とコーヒーを飲み続ける。
スタッフはもう慣れた・・・というか、見飽きた。
この兄弟仲は、尋常じゃないとみんなが認めている。
けれど、真夜中のパーキングだといっても、事情を知らない人間は山ほどいる。
さっきから、テーブルの横を通っていく人たちの視線がこの兄弟に注がれているのは気のせいではないだろう。

(そういうことは家でやってくれ!)

・・・と、史浩が心の中で思ったとか思わなかったとか。

ため息をついて椅子から立ち上がった史浩が、別のテーブルで休憩をしているスタッフの元へと歩き出す。

「・・・今日はここで解散。また連絡する。お疲れさん」

各々返事をするスタッフに背中を向けて、史浩は涼介を見た。

「・・・で良いんだろ?涼介」

口元だけに笑みを浮かべる親友に、史浩は心の中で盛大なため息をついた。
オンナだろうと、オトコだろうと、誑してしまえそうなその笑み。
(ちょっと頬を赤らめたりなんかしている拓海は問題外だ)
涼介の笑みの質まで見抜ける数少ない人間である自分が、悲しくなってくる。
今のは「オレの考えてること、しっかりわかってるな」という、質の悪い笑みだ。
(・・・どうしてオレ、こんなヤツと親友やってるんだ・・・)
それも今更な話だ。
自分がフォローしてやらなくては、この兄弟の周りはいろんな意味で大変な事になっているだろう。
長年のつきあいで、涼介のオモテとウラは、ほぼわかるようになっている史浩だった。
そんな史浩の落胆をよそに、涼介の肩に頭を預けた啓介は、すでに夢の中だ。
愛おしそうに啓介の手や頬を撫でる涼介の姿に、キリキリと胃が痛み出す。

さっきまでの悪役(・・・まあ、本人が言うんだから、そうなんだろう)ぶりはどこへ行ったんだ。

「啓介、どうするんだ?」

「オレがFD運転して帰るさ」

呆れながらコーヒーを飲む史浩に、涼介は視線を合わすことなく呟く。
この美丈夫は、すでに横にいる弟で恋人の啓介のことしか眼中にないようだ。

「・・・オレはこっちで帰る。また連絡入れる」

「ああ、お疲れ」

盛大なため息をついて告げた史浩への返答は、ひとかけらも迷惑かけた、なんて思ってなさそうな口調だ。
げんなりしながら、史浩の目線は横にいる拓海へと身体を向ける。

「藤原はどうする?」

「・・・帰ります。配達あるし」

飲み干したコーヒーの紙コップを潰して、拓海が答える。

「そういうことだ。じゃあ行こうか、藤原」

「はい。涼介さん、お疲れさまでした」

「お疲れさん」

幾つかの別れの言葉を告げて、メンバーたちはそこから去って行く。
相変わらず、啓介は涼介の方に頭を預けて眠っている。

「啓介」

涼介の指が、啓介の頬をなぞる。

「啓介、帰るぞ」

「ヤ・・・寝る・・・」

まだ覚醒しきっていないのだろう。
啓介は更に涼介へと身体をすり寄せる。
その様に、涼介が笑みを深くした。

「寝かせてやるから、今はとりあえず起きろ」

耳元に囁かれる甘い声。
弟以外には聞かせることのない、優しい声。
くすぐったそうに首を竦めながら、啓介が強請るように涼介を見上げた。
その瞳は、まだぼんやりとしている。
涼介の瞳が、愛おしくて仕方がない、とでも言うように細められる。

「キスしてくれたら・・・起きる」

兄弟である以前に、男同士だ。
今でさえ周りからの視線を受け続けているというのに。

「良いのか?」

「ん・・・」

伏せられた瞳に誘われるように、柔らかな啓介の唇へと、涼介の冷たい唇が重ねられた。
触れるだけで離れた唇に満足できないのか、啓介は涼介の首を引き寄せる。

「・・・もっと」

「良いのか?こんなトコロでも?」

「ん・・・?」

コンナトコロ、って、今どこにいるんだったっけ?
まだぼけぼけしている脳味噌をどうにか回転させて、今の状況を鑑みる。

「・・・・・・!!」

はっとした顔で首まで真っ赤になりながら、啓介が涼介を見上げた。
可笑しそうに喉の奥で笑う涼介に腹が立つけど、自分が言いだしたことだ。
何も文句のつけようがない。

「続き、するか?」

言葉の奥を読みとってしまって、居たたまれなくなってきた。
自分で引き寄せた身体を押しのけて立ち上がった啓介を、涼介の意地の悪い瞳が見上げている。

「起きるっ!!帰るっ!!!」

(この状況で、普通キスするか?!止めるのが当然なんじゃねーかっ?!)

椅子から立ち上がって駐車スペースへと逃げるように歩き出す弟に、涼介は笑いをこらえることが出来ない。

(ちきしょー、このバカアニキ!!)

「啓介、キー貸せ。オレが運転してやる」

恥ずかしさのせいで急ぎ足になっている啓介に、後ろから涼介の声がかかった。
けれど、それを無視して啓介はずんずん歩いていく。
何時までも笑われているのが、かなりムカつく。

(ったく、そういうところがカワイイんだがな。だから、苛めてみたくなるんだ)

そんな兄の思考は、弟に伝わらない。
同じようなコンパス故に、涼介もなかなか啓介へとは追いつけなかった。

「ワンボックスあるだろっ!なんなら藤原とハチロクで帰ればっ?!」

見えてきた黄色い愛車へと、啓介の足は止まることは知らない。

「残念だが、ワンボックスも、藤原もいないんだ」

立ち止まって、啓介が振り返る。
啓介の背中越し、山の中の澄んだ空気が冬の星座を浮かび上がらせる。
吐く息が、白い。

「他の奴らはもう帰った。お前が起きるの待っててやったんだ。眠いんだろ?家までナビで寝てろ」

外気温の冷たさに、一応目はさえた。
傲慢な物言いなのに、優しい言葉。
ゆっくりと歩いてくる兄の姿に、目を奪われる。
見慣れている姿のはずなのに。
その優しい瞳に、心臓がばくばく言い出す。
それを隠すようにきょろきょろ辺りを見回しても、確かに他のメンバーたちは見あたらない。

「・・・仕方ねーな。じゃあ、ヨロシク」

意地が悪いのだって、厳しいのだって、わかってる。
自分にだけ、優しい目をしてくれるのを、知ってる。
自分が全てを許すのは、この兄だけなのだ。
大切な車を運転することを許すのも、心も、身体も預けるのも。
この兄以外にあり得ない。
拗ねたような顔を崩すことなくFDのキーを涼介の手に預けると、ネコのような瞳が黒い双眸を上目遣いに見上げた。
重ねられた手を、涼介の少し冷たい手が握り込む。
瞳と唇が緩く弧を描くのにも、視線が奪われる。

「啓介」

名前を呼ばれて、啓介は顔を兄へと向ける。

「アニキ?」

啓介の目の前には、優美に微笑む兄の顔。

「帰ったら・・・続き、覚悟してろよ?」

耳元に寄せられた唇から、甘い囁きを落とされる。
一気に血液が頭に登るのを感じて、啓介は言葉を失ってしまった。
握られたままの啓介の手に、力が籠もるのがわかる。
首筋まで赤くして潤んだ瞳で見上げられれば、涼介の鼓動が逸る。

「・・・そんな瞳をするな。我慢出来ねぇだろ?」

苦笑を零しながら髪を梳く指に、啓介は上目遣いで兄を見遣る。

「帰るまで、寝るといい。ちゃんと起こしてやるよ。・・・そうだな、キスして起こしてやるよ」

「・・・おやすみっ」

照れをかくすように、手を離した啓介がFDのナビシートへと身体を滑り込ませた。
そのまま顔を背けて啓介が狭いシートでまるまる。
その姿に笑みを零すと、涼介もFDのシートへと身体を沈めた。
涼介の白くて長い指が、隣の蜂蜜色の髪を撫でた。

「・・おやすみ、啓介」

髪にキスを落とされたと思うと、FDが低いうなりを上げた。

「さあ、帰ろうか」

静かに滑り出す黄色の車体。

この兄弟の甘い夜は、まだまだ終わりそうにない。



           


なにかとお世話になっている香月奈湖様から サイト20000hit&裏部屋オープン記念に、素敵な小説を頂きました。ありがとうございます〜〜感涙っ!
史浩氏の苦労は大変だろうと思うのですが……でも、こんな兄弟が間近で見られるなんてうらやましいっっ!私も見たいーっ ドコのSAなのか、すごき気になります<バカ葉月(^^;;;
本当にありがとうございましたvv  By.葉月

思わず顔がほころんでしまうような、スイートな小説をありがとうございました!!すっごく嬉しいです(*^^*)
本当にいつもお世話になりっぱなしで、すみません。
アニキ……実に楽しそうだ。(うっとり)啓介も絶妙に可愛いです!私も近くで現場を拝みたい……。
こう…そこはかとなく穏やかで、いい感じデスvv素敵なプレゼントありがとうございました! By.みこと

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