IF…
きある様



「オレ先に行くから!今日は早いんだろ?」

「どうかな?まだやりかけのレポートもあるしな」

「ちぇえっ。たまには早く帰って来いよなぁ。じゃ、行ってきます!」



玄関ドアが閉まった後も、少しの間、涼介はその場所に佇んでいた。

ガレージに向かいFDスタートさせる啓介をドア越しに見つめるかのごとく、その眼差しは甘く、優しい。

そして、涼介はゆっくりとまぶたを閉じた。

それは愛しい人の残像を心に刻む儀式であった。

どれくらいの時間をそうしていたのか・・・。

次にゆっくりと見開かれた涼介の瞳には、もはや光はなく、ただただ深く暗い色がどこまでも続いていた。



リビングに戻ると、父がソファに座り庭を眺めていた。その視線の先は言わずもがなだ。

涼介は何も言わず、黙って父の向かい側に腰をおろす。

FDのやや派手なマフラー音が遠ざかるのを確認し、初めて親子はお互いの視線を合わせた。

言葉を交わすことのない沈黙ではあるが、不思議と心は落ち着いていた。

続き間のキッチンからは、朝食の後片付けをする水音が響いていた。母がこちらに来る様子はない。

「涼介」

沈黙を破ったのは父だった。言葉とともに一通の封筒をテーブルに置く。

「・・・わかるな?」

涼介は黙って頷いた。中身は見るまでもない。

「お世話をかけます」

あまりに他人行儀な涼介の言葉に、父はいたたまれない笑顔を浮かべ、また庭へと視線の泳がせるのであった。



先日、両親に啓介との仲が露見した。

いつかはこんな日が来るかもしれない・・・妙に予感めいたものがあった。

父も母も頭ごなしに非難するような愚挙はせず、あくまでも真摯な姿勢で2人に向き合ってくれた。

しかし、どこをどう考えても『祝福』の2文字が浮かぶ余地はない。

啓介を残し、涼介だけが父の書斎へと呼ばれ・・・

──親として認めるわけにはいかない。啓介に出来ない以上、涼介が終わりにしてくれないか?──

ストレートな現実を突きつけられたのだった。

父は、2人の仲を終わりにすれば、反対していた啓介のプロレーサーへの夢を全面的に協力するとも言った。

いささか卑怯な手段ではあったが、涼介はそれに反論しなかった。

その提案を全面的に受け入れたからではない。

隠し通さなければならない関係に、傷つき苦しむのは・・・啓介・・・

目を背けたかった事実。わかってはいても止めることのできなかった自分の想い。

2人でいれば乗り越えられると、安易に物事を考えようとさえした。・・でも・・

涼介とはまた別の意味で、父も母も啓介を愛しているのだ。

どこの世界に子供の不幸を望む親がいるだろうか。

その気持ちが痛いほどわかっているだけに、父の続ける言葉にそれ以上何も言うことはできなかった。



部屋に戻り、初めて封筒を開けた。入っていたのは一枚のメモと、鍵。

あの時、父の書斎から解放された涼介に詰め寄った啓介の泣き顔。

そして車を売ってでも、大学を中退してでも一緒にいようと言った啓介の言葉。

お前を大切にするために、俺は・・・俺は・・・。

啓介に悟られないよう、密かに誓った決心を両親はちゃんと見抜いていたのだ。

「まだまだ、だな」

自嘲気味に漏れた言葉。涼介自身の耳にも、それは届いていたのか定かではない。

身の回りのものを手早くカバンに詰め込む。

あまりにも荷物がなくなっていれば、いかな啓介でもすぐに気がついてしまうだろう。

ゆえに、大学に泊り込む時とほぼ同じくらいの必要最小限にとどめる。

ノートパソコンを手にした時だけ、少し思案の表情を浮かべた。

パソコンのなくなった涼介のデスクは、いやに不自然に見えた。しかし、持っていかないわけには行かない。

どこまで誤魔化しきれるかわからないが、少し大きめのバインダーと数冊の本を机上にセッティングした。

自分のその様子がおかしくもあり、と同時に、啓介を騙そうとしていることに嫌悪感さえ覚えた。

もう戻ってくることはないだろう自分の部屋をもう一度見回し、涼介は静かにドアを閉めた。

ゴメンな、啓介。

家を出てすぐに携帯を変えた。もちろん番号も新しく登録した。

メールアドレスも、学内の連絡用のものだけを残して解約手続きをとった。

とにかく、啓介の前から完全に消息を断った。

そうしなければ自分自身が揺らいでしまうから。そして両親の愛を踏みにじることになるから。





──両親の用意したマンションに移って1ヶ月が経過しようとしていた。

今ごろ啓介はどうしているだろうか?

考えない日はなかった。離れてからはなおさら、暇さえあれば啓介のことばかりを考えていた。

その愚かしい行動を、涼介は自分自身に許そうと思った。

現実に手に入らないのであれば、せめて記憶の中でだけでもいつも側にいてやりたいと。

夢に見る啓介の顔は、いつも笑顔だった。



血を分けた、実の弟なのに。なぜ?どうして?

まるでメビウスの輪のように、同じ場所を彷徨い続ける。

きっと答えなどありはしないのだろう。

もし啓介が女性であっても、他の国の人であっても、きっと愛したに違いないから。

理屈ではなく、それは本能。何度でも巡り会い、恋に落ちるのだ。

今は、たまたま<兄弟>であったというだけ。ただそれだけなのだ。

「会いたいよ、啓介」

ため息混じりの苦笑が漏れる。

こんなにも啓介を欲して止まない自分がいる。

両親に説得されるままに啓介を残してきてしまった。

秘めた関係に、傷つき苦しむ啓介の姿を見たくはないから・・・それが本当に啓介のため?

啓介が苦しんでいるのなら、ともに悩み、助け合い、時には優しく包んでやるのが本当の愛ではないのか?

何があっても、その手を離さないでいてやることこそが啓介の幸せであり、ひいては自分の幸せではないのか?

離れてから気がつくなんて・・・

しかし、涼介にはこの気持ちを啓介に伝える術がなかった。



その時、玄関ドアの開く音がしたような気がした。人の気配?

玄関へと続く廊下の扉を開いた時、涼介の目に飛び込んできたものは・・・




きあるちゃんのサイトでキリ番ゲットvv 
キリリク小説として、葉月の駄作 Long Road へのリンク作品を書いていただきました。
しっかりすっかり、私が無視した(滝汗)兄への有り余る愛とフォローをありがとう(>_<)
そうなの!そういうイメージだったの!と狂喜しています。
出来上がったものは、私が書こうとしていたものより数段イイです。自分で書かずに書いていただけてすんごく良かった(*^^*) 
Long Road へのリンク・・ときあるちゃんは仰ってますが・・。
全然関係なく、私のリクしたときのイメージに仕上がってますvvv
こちらからのリンクOKしてくださったことも含めて・・
ありがとうきあるちゃんvv              by葉月


痒いところに手が届いた(笑)みたいで、幸せですvv
涼介も哀しかったんだよね〜(T^T)
キリ番を踏んでいない私までイイ思いをしてしまっていますが(笑)
きあるちゃんリンク許可ありがとうございましたv   byみこと



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