need your love 紫和なおや様 |
現実には、ほんの瞬く間に過ぎ去った時間。 けれどそれはゆっくりと…まるで止まっているかのように過ぎていく。 目の前に迫るコンクリートウォール。咄嗟に切ったステアリング。 正面からの激突は免れ、ボディが火花を散らす。 長いストレートエンド。 直前に感じた違和感と嫌な音。 突然パフォーマンスを失った黄色のマシン。 長かった一瞬の後に残された、ひしゃげたマシンの残骸。 重いまぶたをゆっくりと開ける。ぼんやりとした視界に飛びこんできた、クリーム色の天井。 視線を横に動かすと、そこには見なれた顔が並んでいた。 「啓介……」 「…?あれ?アニキ??それに…監督…」 みんなしてどうしたんだ?、と言おうとしたところで全身を襲う鈍い痛みに気づいた。 「バカ、お前コンクリートにぶつかったんだよ!テスト中に!!」 安堵の表情を浮かべながら、壮年の男性は啓介に怒鳴った。 言われて啓介は、クラッシュしたことを思い出す。 身体の節々が苦痛を訴えているが、 意識ははっきりとしている。 啓介のダメージはそんなに大きくないだろう。 そこでふと、黄色と黒のシャープな印象を抱かせるマシンを思い出した。 「あ!マシン……っ!」 勢いよく起きあがろうとした啓介を、涼介がとっさにベッドに抑えこむ。 「んだよ!アニキ!!」 兄の行動に啓介は大きな瞳で睨みつけながら抗議の意を示す。 だが涼介は動じず、ただ苦笑を浮かべるだけだった。 「大丈夫だ、まぁ…直すのに時間はかかるけどな。今事故の原因を究明中だ。お前はとにかく 怪我を治すことだけ考えてろ。また見まいにくるさ」 壮年の男性は笑いながら座っていたパイプ椅子から立ち上がり、ドアの外に出ていった。 その後に続く形で、他のチームメンバーも出て行く。 残ったのは、涼介とベッドに横たわる結果となった啓介の二人だけだった。 パタン…と閉ざされた扉の音が余韻を残しながら、耳の奥に響く。 「全治3週間だそうだ」 訪れた奇妙な沈黙を振り払うように涼介は空いたパイプ椅子に腰掛け、ベッドの中の啓介に向かい合った。 「へ?」 一瞬何を言われたのか理解できず、啓介は間抜けな顔をして兄を見返した。 「左腕の骨折と打撲。それから捻挫とまぁ…軽く済んで良かったな」 今度は柔らかく微笑を浮かべながら、涼介が答えた。 言われて初めて啓介は自分の身体を見まわした。 あちこち痛むのは衝撃で打撲をしたせいで、左手がなんだか重いと感じたのは、 ギプスを嵌められているからで…と冷静に観察する。 そんな弟の様子を涼介はただ、黙って見ている。 「あれ?アニキ今日休みだっけ?」 ふと思いついたらしく、啓介は兄に視線を移した。そしてその質問が愚問であったことを悟る。 兄の格好はシャツの上に白衣をまとった医師のそれであった。 「連絡をもらうちょっと前にあがったところだ…まぁ、今はプライベートだな」 啓介の視線の意味を察して、涼介はおかしそうに答えた。そして付け加える。 「ここはうちの病院…じゃないから安心しろ」 それから3日間、検査のために啓介は入院することとなった。 怪我自体は深刻なものではなく、クラッシュの時に脳震盪を起こしていたため、 脳波のチェックなどを行うための入院と検査だった。 毎日のようにチームのスタッフが見舞いに来ては、 にぎやかに騒いで帰っていった。 個室をあてがわれていたことは幸いで、 これが大部屋だったら啓介は間違いなくほかの患者から 苦情の嵐だろう、というくらい見舞い客は皆、賑やかだった。 「それにしても…アニキ…こねぇよな…」 夜、消灯がすぎて暗くなった部屋の中、啓介はぽつりと呟いた。 最初の日以来2日間、兄は姿を見せない。 両親も姿を見せないが、従姉妹の緒美が見舞いに来た おっとりとした口調で『啓兄ぃ、ドジっちゃったんだね〜』と啓介の事故を評したものだ。 家族の誰もが医療に従事している人間だ。 そう簡単に仕事を放棄できないことは十分すぎるほど承知している。 また、高崎の自宅から、この入院している病院が決して近くない距離だということも理解している。 それでも、わがままかもしれないが啓介は家族の…涼介の訪問を待ち焦がれていた。 暗い中でじっとしていると、気分までどんどん下降していきそうで、 あわてて啓介はライトスタンドのスイッチをつけた。 「仕方ねぇよな…アニキも…大変なんだし…」 淡い照明に照らされていると、心の中が僅かに暖かくなった気がした。 「寝よ…」 退院の日は、監督が啓介を迎えに来た。 「お兄さんから連絡があってな、どうしても抜けられないらしい」 あからさまに不機嫌な様子の啓介に苦笑を浮かべながら、監督は言った。 チーム内でも啓介の『ブラザーコンプレックス』は有名だ。 もっとも、彼らの関係がただの兄弟に留まっていないことを知っている者はいなかったが。 高崎の啓介の自宅へと向かう車の中で、監督は口を開いた。 「クラッシュの原因だけどな…タイヤがコースにおちてた金属片を拾ったらしい」 言われて啓介はマシンがパフォーマンスを失う寸前の、感触を思い出した。 「それでタイヤがバーストしたのか?」 「ああ。結構大きな破片だったみたいでな… ストレートでスピードがのってたから余計にその煽りをくったらしい」 前を見ながら監督は答えた。啓介は悔しくて唇を噛み締めた。 招かざる客である金属片に苛立ちを覚える。 お陰で骨折に入院…さらに兄に会えないというオマケまでついてきたのだ。 ストレス発散のためにクルマも乗れない。 「まぁ、それだけの怪我で済んで良かったな。また、連絡するよ」 家の前に車を止め、監督は啓介に言い残して走り去っていった。 見えなくなる姿に手を振り、啓介は玄関のドアをあけた。 「あ、啓兄ぃおかえり〜」 キッチンから緒美が顔を覗かせて、啓介を迎えた。 「あれ?なんで緒美がいるんだ?」 「えへへ。涼兄ぃにね、頼まれたの。今日、啓兄ぃが退院してくるから、家にいてくれって」 嬉しそうに啓介の側に近づき、にっこりと笑う。 「涼兄ぃは、おとといから病院に泊まり込みなの。なんでも目が離せない患者さんがいるって」 緒美の一言が、啓介の胸をさす。 涼介にとって仕事が大切なことも、患者を最優先させなければ ならないことも分かっているが、啓介は少し、悲しくなった。 「あ、啓兄ぃリビングで待ってて。緒美お茶入れてくるね」 緒美に促されて啓介はリビングに足を運ぶと、 ソファに腰を下ろして何とはなしに、テレビのスイッチをつけた。 流れていく情報を特に興味を示すわけでもなくうわの空で眺めていると 緒美がトレイにお菓子とカップを乗せて入ってきた。 「はい、啓兄ぃ。熱いから気をつけてね」 啓介の左手はまだ、ギプスに覆われている。 緒美は啓介の右側にトレイを置くと、隣に腰を下ろした。 「サンキュ」 緒美に笑って感謝すると、啓介は自由の利く右手でコーヒーの入ったカップを取った。 けれどもその笑顔も次の瞬間には、無愛想な表情に変ってしまう。 「もぅ、啓兄ぃったら〜涼兄ぃがいないからって拗ねないでよ」 啓介の気持ちは分かるが、緒美としては、そんなにあからさまに拗ねないで欲しいと思う。 「今日は帰ってくるって。だから元気出して?緒美、そろそろ学校行くね」 啓介を迎えるためだけに家に留まっていたのだろう、 それに気づいて啓介は緒美に申し訳なく思う。 同時に、自分が恥ずかしくなって 「あ…サンキュ、緒美」 真っ赤になって礼を言う啓介に笑顔を返して、緒美は高橋家を後にした。 緒美がいなくなってしまうと、また啓介は一人になった。 まだまだ日は高く、外は明るい。それでも誰もいない家の中は静かだった。 「アニキぃ…早く帰ってこいよ…」 まだまだ孤独を味わうことに不安で。 啓介はぽつりと呟く。 それからどれくらいたったのか。 聞き覚えのあるロータリーサウンド。 いつの間にかソファに横になって寝ていた啓介は、がばっと身を起こす。 ややあって玄関のドアが静かに開いた。靴を脱ぎ、待ち人が上がってくる。 徐々に近づいてくる足音。 「啓介?いるんだろ?」 リビングの手前で発せられた声に、啓介は知らず涙を流していた。 「やっぱりいたな。…?どうした?」 少し乱れたシャツが、涼介の激務を物語っている。 髪も乱れ、目の下には僅かに隈が出来ている。 「アニキぃ…」 頬を温かいものが伝った。自分が泣いていることに気づき、慌ててごしごしと目をこする。 「ただいま、啓介…退院おめでとう」 ゆっくりと歩み寄り、ソファの横に腰を下ろした涼介は、 啓介を横から優しく抱きしめた。 「遅い…オレ待ちくたびれたぜ」 涼介に抱きしめてもらえる…それだけで啓介は今までの寂しさが嘘のように消えていくことを実感する。 触れ合ったところから涼介の優しさが心に伝わる。 「おかえり…アニキ」 啓介もぎこちない動きで涼介を抱きしめようとする。 ギプスのはまっている腕は、思うように動かない。 それに気づいた涼介は、啓介の左腕を二人の間に導くと、もう一度強く抱きしめた。 「ただいま…啓介」 |
なおさんのサイトでキリ番を踏んだ葉月が、書いていただきました(幸) リクエストのお題は『啓介を泣かせてぎゅっ』 ああぁもう、啓介かわいいったらvvアニキかっこいいし〜〜! 大喜びしているところへ…なんと“続き”を書いていただけることに! や〜〜ん嬉しい(^^) 遠慮を知らない私。当然、お願いしちゃいました(^^; 裏ページ・Under Rose にアップさせていただいてます。合わせてお楽しみ下さいvvv なおさん、ありがとうございました。 By.葉月 なおさん。どうもありがとうございます(*^^*)アニキ格好イイです!大人だわ〜vvそして啓介は言わずもがな、可愛いし!病室で一人でいじいじ(笑)している啓介がなんともナイスです(^-^)素敵なお話ありがとうございました。続編も……これまたいいんですよ!(っと裏ページへ誘う私)是非! By.みこと |