***  薇***




目の保養だな………。
高橋涼介は一人つぶやいて、実の弟を新聞越しにながめた。
風呂上がりの彼は、まだ冬だというのにノースリーブのシャツにショートパンツという寒々しい出で立ちだ。モデル並に長い脚を惜しげもなくさらけ出し、目の前を横切って行く。

「あちーっ」

啓介はパタパタと手で自らの顔を扇ぎながら、水分を求めてキッチンへと入る。
派手に音を鳴らしつつお目当てのものを探しだすと、ゆっくりとした歩調で居間へと戻ってきた。TVに映し出されている見慣れたニュースキャスターをながめ、啓介は続いて時計に視線を合わせる。すでに入浴を済ませたということは、今晩は峠に行く気はないらしい。
 彼は、ぶら下げていた缶ビールを片手だけで器用に開けると、グッと一気にあおった。
その喉が上下するのをチラリと横目で見ながら、涼介は手にしていた新聞をテーブルへと置く。

「くーーっ」

ぷはぁっと息をついて、口の端から伝い落ちたビールを無造作にTシャツの裾で拭う。夏の名残である、薄い日焼けの跡が残っている肌がまぶしくて、涼介は無意識に目を細めた。

「やっぱ。風呂上がりのビールは最高だぜ」

少し濡れた髪をかき上げて、涼介に向かってそう言った。

「………」

啓介はじっと見つめてくる涼介の視線に気づき、おもむろに彼の方へと近づく。

「なぁアニキ」

上機嫌な声と共に、涼介だけに見せる特別な笑顔でほほえみかけた。


「飲む?」

かがみ込んで顔を覗き込んでくる。
啓介は、涼介がビールを見ていると思ったらしい。

「俺はいい」

「なんで?アニキもう風呂入ったんだろ?これ飲みたくならねー?」

啓介は残りわずかな缶ビールを軽く振って見せる。

「もう飲んだ?」
 
「いや」


「あっ!オレの飲みかけだから?じゃ、新しいの持ってくるぜ」

そう言って振り向いた啓介の腰に、涼介は素早く腕をまわした。

「へ?」

啓介が驚いてこちらを向く。
そんな彼を無視し、そのまま力任せに引っ張って自分の座っていたソファへと強引に押し倒す。

「わっ!」

短い悲鳴とともに、啓介の手から飲みかけの缶ビールが放り出された。床に叩きつけられたそれから中身が外にこぼれ、絨毯にゆっくりと吸い込まれていく。

「アニキ……」

「ん?」


呼ばれて、自分の下にいる啓介にニッコリとほほえみかけてやった。

「なんだ?」

「どうしてこんなことになってんだよ?」

不服そうな顔をしてみせる弟を愛しく思いながら、すっと手をTシャツの中へ忍び込ませる。

「そんな格好をしてるお前が悪い」

「熱いんだから仕方ねぇだろ。この部屋暖房効きすぎだぜ」

「フッ」

よくしまった脇腹をなで上げながら、涼介は不敵に笑った。

「誘ってたのか?」

「誘ってねーよ!」

啓介は噛みつきそうな勢いで怒鳴る。

「……でも、アニキがしたいんなら、してもいいケド………」

プイッと涼介から視線を外し、照れくさそうに小さな声でつぶやいた。

「なんか言ったか?」

「本当は聞こえてるくせに……。アニキ意地わりーぜ」

またもや、こっそりと悪態をつく。

「悪かったな」


「やっぱり聞こえてるじゃねーか!」

強い眼差しで兄を見上げる。
まだ何か言ってやろうと、啓介は口を開く。だが、それは言葉にはならなかった。

「うるさい口だな」

涼介はそうつぶやいて、啓介の唇を己のそれで塞いだ。

ん!」

思わず叫んだ啓介の声まで飲み込んで、激しく口内を侵す。柔らかい感触がたまらなく気持ちよくて、涼介は存分に啓介の舌を味わった。

「………んふっ」

啓介は、突然の兄の行動にちょっと抵抗みせる。
涼介の黒いパジャマの裾をつかみ、力を込めて引っ張った。

「つっ」

だが、それも長くは持たない。
涼介の手が胸の敏感な部分を撫で、指がそれをつまみ、転がす。たったそれだけのことなのに、次第に身体から力が抜けていく。涼介のほどこす刺激を確実に感じ取って、啓介の中心は過剰な反応を見せ始めた。

「ふっ」

ビクビクと勝手に跳ねる己の身体に、啓介は翻弄される。

「啓介」

キスの合間に耳元へとささやいた。

「……つ」

甘いバリントンが、啓介の鼓膜と理性に揺さぶりをかける。

「んっ………」

再び深く口づけられて、啓介はすんなり抵抗をあきらめた。
シャツから手を離し、今度は涼介の首へとまわす。ぐっとそれを引き寄せ、角度を変えて涼介の舌に応えてくる。

「………ふっ」

チュッと少し湿った音をたてて、名残惜しげに暴君な唇が離れていった。

「静かになったな」

クスリと笑って、涼介は濡れている啓介の唇を指で撫でる。なぶられてうっすらと紅く染まった唇にもう一度軽くキスをして、啓介のTシャツを脱がしにかかった。

「腕を上げろ」

涼介の声に従い、素直に兄に協力する。
一度火のついてしまったこの熱い身体は、涼介でしか静められない。
啓介は、それを十分に知っていた。

「啓介……」

涼介はもう一度胸に指を這わせる。
しっとりと濡れた肌は手に吸い付くような感触で、香り立つように艶やかだ。

「アニキィ」

無意識に呼んだ声は、誘うように甘い。
涼介は苦笑いをしつつ、啓介の首筋へと唇を落とす。
我が弟ながら、よくここまで変化したものだ。

「あ……っ」


しかし、このあでやかな薔薇の開花はまだ遠い。

「まだまだ楽しめそうだな………」

涼介は小さくつぶやいて、楽しそうに喉で笑った。


「ちょっ。アニキッ」

突然髪を捕まれる。

「タンマ……」

何事かと顔を上げると、不安げな啓介の表情が目に飛び込んできた。

「なぁ。今日、オヤジ達は?」

啓介はちょっと目を伏せ、パシパシとまばたきをする。

「二人揃って夜勤だ」

「……そっか。ならいいや」

涼介の言葉にホッと息を吐き出すと、ちょっと笑って見せる。

「なんだ知らなかったのか?」

啓介は黙ってコクリとうなずいた。

「知らないのにこんな所で誘ってくるなんて、啓介も随分大胆になったな……」

「誘ってねーって!」

ムキになって反論する弟が、たまらなく愛しい。

「まぁ、どっちでもいい」

結果は同じだからな……。と心中でつぶやいて、啓介に優美な微笑みを向ける。

「啓介」

「あ?」

「ここでやることに、異議はねぇんだろ?」

今更そんなことを聞かれるとは思っていなかったので、啓介はちょっと笑ってしまう。
そして、返事のかわりに恋人の唇へと、自ら積極的なキスをしたのだった。

   
                             
                                                 
……エンド(笑)