記 念 日 |
リビングのソファに寝転んで、手の届くところにコードレスの子機をおいた。 いきなり電話が鳴ってもすぐに手にとれるように、何度も位置を確認する。 自分の部屋にいないのは、リビングのほうが少しでも玄関に近いから。 時間はすでに午後11時半。 見てもいないテレビの音を聞きながら、啓介は何度目かのため息をついた。 「…っざけんな」 小さく声に出すと、だんだん腹が立ってくる。 ちょうど1年前の今日、この時間。 止める事のできない涙をぽろぽろと溢れさせて、確かに涼介の腕の中にいたのに。 涼介は大学が決まると同時に、車に興味を持った。 大学生と高校生ではただでさえ生活サイクルが違う。 なのに涼介は、暇さえあれば峠に行ってしまうのだ。 啓介は、寂しさと同時にわけのわからない怒りを感じた。 オレより車のほうが大事なんだろ? その気持ちが嫉妬だと理解するのにさして時間は必要なかった。 実の兄弟なのにいう戸惑い…。 けれど、その戸惑いは恋心を留める枷にはならなかった。 だから、告げた。 情けなくなるほど体が震えて、声が上ずる。 あの時涼介は、これ以上ないくらいやさしい笑顔で告げてくれた。 ずっと、おまえ一人を愛してた。 嬉しくて、涙があふれてきた。 力強く抱きしめてくれた涼介にすべてを預けて、痛みと快楽を共有した。 涼介の裸の胸に抱きしめられ、耳元でささやかれる。 この先ずっと、今日を忘れない… 来年も、再来年も…ずっと二人で一緒にいよう けれど…。 ちょうど1年目の今日、啓介は一人、自宅のリビングに寝転んでいた。 涼介が忙しいのはわかっている。 予定外のレポートが入ってしまったと、あわただしく資料を集めている姿を見たのが一昨日のこと。 仕方ないとはわかっている。 けれど……。 「電話くらいかけてきてもいいじゃねーかっ!」 ぶつぶつと出てくるのは文句ばかり。 忙しいなら仕方ない。 でも、まさか忘れてしまったのでは…? 一度そう思うと、もう間違いなく涼介は「今日」を忘れた気がしてくる。 「だいたいアニキは自分勝手なんだ! 人に期待させるようなこと自分で言ったくせに…っ もう、絶対アニキの言うことなんか信じねーからなっ」 啓介は手近にあったクッションに八つ当たりの右拳を入れる。 そうして…もう何度目になったかわからないため息をついた。 柔らかい電子音が12時をつげる。 無言で時計をにらみつけ…。 啓介がため息をついて体を起こしたそのとき、けたたましく玄関の開く音がした。 「アニキィ?!」 驚いて玄関に向かった啓介が見たものは、ゼーゼーと肩で息をする、見たことのないような涼介の姿だった。 「アニキ、どーしたんだよ?」 呆気にとられてたずねてみても、息の上がった涼介は、しばらく声も出ないようだった。 「…った」 「え?」 「悪い、間に合わなかった…」 荒い息を整えながら、涼介はやっとそれだけ告げた。 リビングで、冷えたミネラルウォーターを喉に流しこんで、やっと涼介は一息つく。 「で、どうしたんだよ?」 ここ何年にも、もしかしたらうまれてこのかた、見たことのないような涼介の様子を目の当たりにした啓介は、不思議そうにたずねる。 「…間に合わなかったって…もしかして、覚えてた…?」 “絶対にアニキは忘れてる!” そう勝手に決め付けたのが10分ほど前のこと。 「忘れるわけないだろう?」 惚れ惚れとするような笑顔で即答される。 「駅から走ってきたんだけど…間に合わなかったな」 申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる涼介に、啓介の胸がトクンと鳴る。 「待っててくれたんだな…」 嬉しそうに笑った涼介が幸せそうで、それだけで啓介も幸せになれる。 「ごめんな」 そっと髪を撫でられて、さっきまでのいやな気分があっという間に晴れる。 「週末はゆっくりできるから。二人でどこか出かけようか?」 向けられたやさしい瞳と言葉に、うっとりと頷く。 そっと重なる唇は限りなく甘く…。 静かに始まった二人の二年目…。 end |
2700HITリク 広瀬玲様より「アニキにメロメロにされる啓介」でしたが・… (>_<)…どうしましょう、著しく違いますね(涙) 冗談半分で「裏仕様」とのお言葉もいただいていましたので、ちょっとHネタも考えてみたのですが・…^^; 裏オープンの際にあらためて・・・・ということで、(書く気らしい/笑)お許し下さい。 葉月 |