*** be conscious ***




風呂から上がってビールを片手に居間へと行くと、アニキがなにやらビデオをセットしているところへ出くわした。

「アニキなに観んだ?」

オレは作業中の手元をのぞき込む。
なになに?おもしれービデオ?アニキの事だからアダルトってことはねーだろうけど。

「新作?」

学会のビデオとかだったら遠慮するけどよ。
オレが観てもいいモンなら、一緒に見てえなぁ……なんて。

アニキは何も答えずにビデオをセットして、おもむろにオレを見上げた。

「啓介……」

アニキの男らしい眉がピクリッと上がる。

「またお前は濡れたままで」

ぽたぽたと髪から落ちる滴もそのままに、オレは立ち上がったアニキを見上げた。

だって熱いんだもん。

「風邪を引いたらどうするんだ」

言葉と共に、肩に掛けてあったタオルで頭を拭われる。
ガシガシと力いっぱい擦られて、頭が痛い。

「ちょっ、アニキいてーよ!」

思わず抗議すると、更に嫌味のように力を込められる。
オレはとっさにアニキの腕を掴んで、ぐぐっと引っ張った。

「いてぇんだってば!」

力入れすぎだって!ったく。子供じゃねえんだから、自分でふけるぜ。
 オレが不満いっぱいの顔で少し上にある顔を睨むと、アニキはピンッと指先でとオレの額をはじいた。

「子供の方が、扱いやすい」

「う!」

思わず黙り込む。

 なんでオレの考えてる事解るんだろう……。

言葉に詰まったオレの手をふりほどいて、アニキはなおもオレの髪を拭き続けている。
観念して大人しく肩の力を抜くとアニキの手からも力が抜けて、今度はうって変わったように優しく髪をぬぐってくれる。
タオルが不要になるまで丁寧に水分を吸い取って、アニキは満足そうにつぶやいた。

「これで、いいな」

「…………」

オレは頭からアニキの手が放れるのをまって、そのタオルを乱暴に奪い取る。
 子供扱いされて…………ちょっとムカついた。

「啓介」

たしなめるようなアニキの低い声。

「っんだよ!」

不機嫌丸出しの声でそれに応えてやる。

オレ、もう子供じゃねーんだからな!
そりゃ、オレはいつまでたってもアニキの弟だけど…。
子供の方が扱いやすい……なんて、ちょっとひでぇよ。
 アニキはそんなオレの態度にため息を一つつくと、視線をTVへの方へと向けた。 

「次のコースのビデオが届いた」

なにもなかったようにサラリと言いながら、TVの正面にあるソファへと座わる。

「え!もう!」

さっきセットしてたのはそのビデオだったのか!
じゃあこれって東堂塾とのバトルコースだよな?
ってあれ?……でも、早くねーか?誰が行って来たんだ?
アニキは栃木から帰ってきてからはパソコンとにらめっこだっし……。
かといって、藤原な訳ねぇもんな。
 オレは知らないうちに不思議そうな顔をしてたらしい。
アニキはククッと喉で楽しそうに笑って、すぐに答えをくれた。

「さっき史浩とケンタが持ってきたんだ」

あ、オレ風呂に入ってたから気づかなかったんか。

「今から見んの?」

オレはワクワクとした気持ちのまま、ソファへと近づく。
アニキはそんなオレを見ながら、今度はいつもみたいに鼻で笑った。

 ムッ。またオレのこと子供っぽいとか思っただろ……。
気になるもんは気になるんだって!仕方ねーだろ。
オレはもっともっと早い奴とバトルしたいんだ。
最低でも藤原のレベルぐらいの奴とやりたいと思ってる。
この前の相手はかなり物足りなかったから、今度は期待しまくってんだぜ。


 
オレはアニキの横にどかっと座わり、テーブルにあったリモコンで、
勝手にビデオのスイッチを入れる。

「コース。気になるか?」

アニキは言葉と共にオレの髪へと指を差し入れた。

「当ったり前じゃん」

「そうか……」 

そのままぐいっと頭を引き寄せられて、アニキにもたれるような体勢を取らされる。
 数秒のノイズの後に、濡れたような色のアスファルトが映し出された。
続いて、車載カメラからの映像がゆっくりと動き出す。
まずは下りからのようだ。
そのままアニキに体重を預け、画面を見つめる。
すると髪から移動した手が肩におかれ、少し乱暴にオレを抱き寄せた。
アニキの臭いが鼻孔をくすぐる……。
当たり前のようなその動作と、アニキの香りに、頬がカッと熱くなった。

…………つ。

オレはそれを振り切るように唇を噛み、画面をにらみ付けた。




見始めてから数分たっただろうか。
ふと、自分がビデオをぼうっと観ていることに気づいた。

おかしいな。さっきはすっげぇビデオに興味あったのに……。
オレ、さっきからアニキの事ばかり考えている。
……オレ、アニキのこと、意識しまくってる。

「いいか、見てろよ」

その声に再び画面をじっと見つめた。

「ここのコーナー。かなり癖があるようだな」

一所懸命にビデオに集中しようとする。
でもなんだか遠いところの出来事のようで、しっくりこない。
夢中になれない。
アニキにもたれかかってビデオを観る……なんて日常茶飯事なのに。
くそっ…。なんで今更。
アニキが当たり前のようにオレを抱き寄せたりするから悪いんだ。
おかげで妙に気になっちまう。

「ここもだ」

アニキの指がまたオレの髪をつかんだ。
もて遊ぶように指先でいじられて、ピクリと身体が反応する。
今の……バレたかもしんねぇ。
ったく、アニキってばなんで説明しながらオレのこと触るかなぁ?
なんか意味があんのかよ?
 オレはアニキに気付かれないようにそっと息を吐き出して、再び画面に見入った。
いつもだったらビデオに夢中になれんのに……。
耳の辺りがくすぐったくて、背筋がゾクゾクする。
意識するな!
そう思えば思うほど身体は敏感になっていく。
指先が耳をかすめた瞬間に、今日同じゼミの子が何気なく言った言葉が、急に思い出された。

「……!」

原因がわかったぜ…。


『高橋君のお兄さんってすっごく格好いいね』
『……んだよ。見たのか?』
『ふふ。不思議そうな顔してる』
『……』
『私の彼氏ね、高橋君と同じ研究室なのよ』
『ゲッ。マジ?』
『昨日差し入れに行ったら偶然見ちゃったの』
『私にあんな素敵なお兄さんがいたら、毎日ぼーっと見とれてそうだわ』
『高橋君は見とれたりしない?』


な〜んて言ったからだ!
おかげでオレときたらアニキのことを意識しまくってる。
いつもより気になって仕方ない。
 オレは横にいるアニキの顔をそっと盗み見た。
瞳を覆う長いまつげが上下するたびに、オレの心臓も一緒になって上下に跳ねる。
ドキドキと高鳴って、今にも胸から飛び出そうだ。
真剣にビデオに見入ってるその横顔はとても整っていて、男のオレから見てもすげぇ格好いい。こうしていつもと違う感覚で見つめてみて、新たに確信して惚れ直す。
スタイルはモデル並だし、顔だってそうだろ。
今は引退してしまったとはいえ、ドラテクはプロ級だし。頭だってすっげぇイイ。
なんてったって将来は医者になる予定だ。
こんなにすげぇアニキを独占出来るオレって、やっぱ幸せだよな。

じーっとアニキの顔を見つめていると、その顔が突然こっちを向いた。

「啓介、どうしたんだ?」

いきなり目があって、オレの身体が反射的にビクンッと跳ねた。

……やべぇ。今ぼーっとしてた。

「……なんでもない」

まさか『アニキに惚れ直してました』なんて言えねぇよ。

「ん?」

顔をのぞき込まれて、カッと身体が熱くなる。
オレは自分の顔まで赤くなっちまった気がして、慌てて俯いた。

「なんでもねぇーよ」

悔し紛れにそう答える。

「フッ」

アニキは長い指でオレの顎を持つと、クイッと上向かせた。







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