キリリク*高橋兄弟高校生編
『保健室/前編』




「失礼しま〜っす」
 ちょっと遠慮がちに声をかけ、保健室と書かれたプレートが掲げてある部屋の引き戸を軽快に左へと押しやった。
「あれ?」
いつもだったら白衣の校医が苦笑いで迎えてくれるのだが……今日は出迎えの声がない。
「先生ーっ」
 ためらいがちに呼んで、キョロキョロと室内を見回す。
正面のデスクにはいないし、かといって誰かの手当をしているわけでもない。
(……もしかして、いねえのか?怪我じゃねーからいなくても全然かまわねえんだけど)
啓介はこの部屋の主とは結構気が合う。
だからなにかと理由をつけて授業中にここへ来て眠らせて貰ったり、話をしたりしているのだが、
仲が良いと言っても相手は教師。
一応利用理由を聞かれるので、毎回いい訳を考えるのが面倒だったりする。
今回は本当にただの寝不足だし、その理由を聞かれない方が啓介にとっては都合がいい。
「ん〜っ」
 啓介はあくびをかみ殺しつつ、机の上にあった使用記録に乱雑な字で記入を始める。
とにかく眠くて眠くてたまらない。気を抜くと瞼が閉じてしまいそうで、丁寧に書いてるる余裕なんてない。
 名前とクラスと時間と理由。
ざっと書き殴って鉛筆をそのノートの上へポイッと放り投げた。
「ふぁ〜っ」
 啓介は大きなあくびを一つすると、のろのろとベットの方へ近づいた。
この保健室にはベットが三個ある。
現在、中央の一つにはぐるっと囲むようにカーテンがひいてあり、両脇の残り二つは開いていた。
(先客がいるってことか………)
 啓介はチラリとカーテンで包まれたベットを見た。
人が動いているような気配は感じられない。きっとぐっすり寝込んでいるのだろう。
 啓介は奥の壁に近い右のベットを選ぶと、ぐるっとカーテンを引いた。
上履きを乱暴に脱ぎ捨てベットへと腰をおろすと、またあくびを一つする。
(ねみぃ………)
 昨夜はちょっと頑張りすぎた。自分が頑張ったと言うよりは、涼介がしつこかったと言うべきだろうか?
さんざんじらされて、何度イッたのか覚えていないほどだ。
(気持ち良かったけどよ……。アニキってつくづくタフだぜ)
今朝は日直だからと、先に出かけていった涼介の顔を思い出す。
自宅の廊下ですれ違った涼介は、寝不足など微塵も感じさせないすっきりとした顔で啓介に微笑んで見せた。寝不足&身体の疲れでぼーっとしてしまっている自分とは随分違う。
あまりにストイックに微笑んでみせるから、昨夜の情事が自分の妄想が産んだ夢だったのではないかと思えるほどだ。
(あんな顔して結構スケベなんだよなぁ〜。アニキみたいのをムッツリスケベって言うんだぜ。
真性ムッツリ!)
 啓介はブレザーの上着を脱ぎ、ベットの上に放ると、目を指で擦る。
そのまま、もぞもぞとベットの中に潜り込み、頭まですっぽりと布団をかぶった。
「あ〜極楽」
 長い手足を投げ出して、シーツの感触を楽しむ。
授業中に惰眠を貪るなんて、とても贅沢なことだ。
 しかも、少し顔色が悪かったらしく、今日はすんなりここへ来る許可がおりたのはラッキーだった。
啓介は隙を狙っては授業をさぼろうとするので、教師達にすっかりマークされている。
だが、成績はある程度のラインを保っているので、生活指導室に呼び出されるようなことはない。
持ち前の明るさと、ついついかまってしまいたくなる行動のせいで、教師受けも生徒受けもいい。
兄とはまた違った意味で、高橋弟は一目置かれているのだった。
「んーっ」
 少し薬品の臭いのする枕を頭の方へ引き寄せて、頭を深々と預けた。
すっかり開くことを拒否している目蓋に従い、眠りの淵へと立つ。
いざ、睡眠の安息へとジャンプ!!しようとしたのだが………。
「啓介」
 聞き慣れた声に無理矢理意識を引戻された。
「へ?」
 (オレ寝惚けてんのか?今、アニキの声が聞こえた気が………)
「啓介」
「えっ!」
 啓介はガバッとベットから跳ね起き、声のした方を見た。
乱暴にカーテンをひっつかみ、急いでカーテンを引く。
「アニキ!」
 そこには隣のベットに腰を降ろしている涼介の姿があった。
涼介は啓介と目が合うと、にっこりと優美に微笑んだ。
手にしていた小説を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。
「なんでっ!」
 驚いて呆然と自分を見つめている啓介を愛しく思いつつ、啓介のいるベットへと近づいた。
「具合悪いのか?」
兄のその言葉に慌てて首を左右に振る。
 涼介は啓介の横にすわり、カーテンを引く。
防音は最悪だが、これで簡易密室の出来上がりだ。
幸いなことに、今ここには自分達しかいない。
「……少し顔色が悪いようだな」
 そっと手を伸ばし、啓介の頬へふれる。
涼介の冷たい手に驚いたのか、啓介は少し身じろいで見せた。
「大丈夫だよ」
 啓介はぼそりとつぶやいて、涼介の視線から逃れるように目を伏せた。
長いまつげが少し震えている。その様子に思わずキスをしてしまいたくなる衝動を押さえつつ、涼介は色素の薄い髪を優しくなでてやった。
「アニキは平気なのかよ?ここにいるってことは具合悪いんじゃねーのか?」
「心配してくれるのか?」
(可愛いことを言ってくれるぜ……) 
 愛しげに目を細めつつ、啓介の襟足の髪を指でもてあそぶ。
心配そうな啓介の瞳にあやすように微笑みかけ、穏やかに答えてやる。
「校医に留守番を頼まれたんだ」
 啓介はホッとしたように小さなため息をもらすと、矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。
「授業は?」
「出席扱い」
「……ずりー。そんなのありかよ」
「留守番だからな。これも日頃の行いの結果だろう」
「アニキのはちょっと違うじゃん」
 不満そうにつぶやく啓介に、思わず顔がゆるんでしまう。
涼介は二つ下の実の弟をこの世の誰よりも溺愛していた。
彼のちょっとした仕草がこんなにも自分を引きつけ、猛らせる。
「それより……」
 涼介はぐっと啓介に顔を近づけた。
「わっ」
 慌てふためく啓介の髪に指を差し込み自分へと近づけると、額に額を合わせて検温する。
触れ合ったそれは自分より幾分熱いが、啓介は平熱自体が高いので、まぁいつもと同じくらいだ。
(体温はいつも通りのようだな。無理をさせてしまったか……)
「熱はないな」
 そう言って離れた涼介は、啓介の頬がうっすらと紅く染まっているのに気がついた。
………そんな顔をされたら、なけなしの理性がなくなってしまうではないか。
「他に痛いところは?」
「ねーよ。ただの寝不足」
 啓介はふいに近づいてきた涼介に微かな期待を抱いてしまった自分が恥ずかしくて、再び視線をそらして吐き捨てた。
「そうか、昨夜は少し無理をさせたからな。悪かった」
 涼介はそんな啓介が可愛いくて仕方なくて、そっと啓介の背へと手をずらす。
そしてそのまま包むように抱き寄せた。
「……アニキ」
 素直に自分へと寄りかかってきた啓介の背中を、あやすように軽くたたいてやる。
「一緒に眠るか?」
耳元でささやく。
「あっ、でも、誰か来たら」
「カーテンがあるから平気だろう。静かに寝てる分には誰も覗いたりしないはずだ」
「………うん」
 小さな声で返事をして、啓介が離れた。
素早く上履きを脱ぎ、啓介が明けたスペースへと移動する。
 涼介が身体を横たえると、啓介はすぐ甘えるように涼介の胸元に顔を埋めてきた。
そっと肩まで布団をかけてやり、枕代わりに左腕を提供してやる。
「アニキ」
 その腕に頭をのせ頬ずりをする啓介がなんとも可愛くて、思わす笑みがこぼれた。






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前編と中編合わせて、あたらに前編としてアップしました…。      
後編は10/1アップ済みです。                 
                                   BY みこと



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